2.2.26

更新報告

 2026年2月 更新報告



2026年最初の更新です。


いろいろと変化があった昨年も、もはや過去。


2026年が良き年になりますよう。。。



①新規:『耳と学校』項、新規掲載しました。


②訂正:2015年2月掲載『人工内耳初めの聞こえ』項、(画像)ページ順序が逆転しているところがありましたので、訂正しました。


耳と学校

 耳と学校



今から10年ほど前に書いたものですが、今なお気になっている過去記事が、2016年6月記載の「聴覚と末梢神経障害 番外』項。

(「環状織機の円の中に、何個まで周期的な運動の輪を放り込めるか?」、が尚。。。)


この記事に出てくる環状織機の発明者、豊田佐吉氏。。。小学卒だったのですよ。

偉業を考えると、本当にすごい知識欲のある人だったものと思います。


小学までといえば、海外ではアメリカの発明家、トーマス・エジソン氏があまりに有名。

どんな方かと「ウィキペディア」で調べてみると。。。すごい!

驚きの内容ですので、ここにも彼の小学校でのいきさつを覚え書きしておきます。


『幼少時代のトーマスは、異常なほどの知りたがり屋であった。

小学校に入学したものの、教師からの理解が得られず、わずか3か月で中退した。

当時の逸話としては、算数の授業中には「1+1=2」と教えられても鵜呑みにすることができず、「1個の粘土と1個の粘土を合わせたら、大きな1個の粘土なのになぜ2個なの?」と質問したり、国語の授業中にも、「A(エー)はどうしてP(ピー)と呼ばないの?」と質問したりするといった具合で、授業中には事あるごとに「なぜ?」を連発し、教師を困らせていたという。


そのような好奇心は学校内にとどまらず、ガチョウの卵を自分で孵化させようとして、卵を抱き抱えてガチョウ小屋の中に何時間も座り込んだり、「なぜ物は燃えるのか」を知りたいと思い立ち、藁を燃やしていたところ、自宅の納屋を全焼させるという事件を起こし、父親に咎められたりしたこともあった。


これらが重なった挙句、最終的には担任の教師から「君の頭は腐っている」と吐き捨てられ、校長からも「ほかの生徒たちの迷惑になる」と言われ、前述の通り入学からわずか3か月で退学することとなった。

<中略>

エジソンは 12 歳のときに聴覚障害を発症した。

難聴の原因についてその後、彼は精巧な架空の話をでっち上げた。

耳を引っ張られた、元ボクサーに殴られた、など話にはいくつかのバージョンがあるが、実際の彼の難聴の原因は幼少期の猩紅熱の発作と、治療されていない中耳感染症の再発に起因すると現在は推測されている。


エジソンは片方の耳が完全に聞こえず、もう一方の耳はほとんど聞こえなかったので、歯を木材に挟んで頭蓋骨に音波を吸収させて音楽プレーヤーやピアノを聴いていたと言われている。

年をとるにつれ、エジソンは難聴のおかげで気が散るのを避け、仕事に集中しやすくなったと考えていた。』



他に、人工内耳学を追いかけてきた上でどうしても取り上げたい方が、マイケル・ファラデー氏。

この方も小学中退。


当時の学歴社会ではそうとう差別された方のようですが、数えきれないくらいの多くの科学の土台を築いた方。

後には王立研究所の初代教授となるほどの偉業を成し遂げた方です。


そして、人工内耳にもファラデー氏の業績は語るに欠かせない存在です。

人工内耳にとって、ファラデー氏の貢献はとても大きい。



今や学校でだれもが学ぶファラデーの法則。

有名なのは電磁誘導の法則と呼ばれるもの。

電磁誘導の法則も外部機から内部機への伝達に活躍していますので、いずれも人工内耳の開発に大きく貢献したといえるのですが。。。


人工内耳の本当の主役は、電磁誘導の法則の方よりも、化学的に使われているファラデーの電気分解の法則。


外リンパ液で満ちた鼓室階に挿入した電極に電荷が溜まり、それが静電容量を超えることで外リンパ液成分との間でイオン的化学反応を引き起こす。

イオン的化学反応は有毛細胞が働いたかのように聴神経に働きかけ、本来持っている生理学的な活動電位を活性させる。

人工内耳は、こうした化学反応で神経活性している神経補綴。


人工内耳を開発・推進してきた後世の方々の功績はとても大きいけれど。。。

約200年も前に、こうした法則を発見したファラデー氏。。。すごいです!